私たちのこと

歴史

  • 文化5年(1808年)

    「鰹節考」(筑摩叢書)山本高一著より

    初代:寺田太郎兵衛 鰹節製造を始める。
    江戸時代「西の大関」と呼ばれた屋久島鰹節。

    私たち丸眞の歴史は、江戸時代の文化年間、現当主から数えて7代前の寺田太郎兵衛にさかのぼります。江戸時代、すぐれた漁場にかこまれた屋久島では家々で保存食として鰹節がつくられていました。その中で、太郎兵衛は文化5年(1808年)にこの商いを創業。以来、さまざまな苦難はありつつも明治、大正、昭和、平成と200年の時の流れを越えて商いを続けてまいりました。いまでも屋久島ではヤクサバ節づくりが行なわれており、私どもの何人かの親族もこれらを生業としています。

  • 明治38年(1905年)

    先々代 眞邉葛蔵

    寺田(眞邉)葛蔵、誕生。
    長じてヤクサバ節製造販売を生業とする。

    そして、眞邉家へ寺田家から婿として入って来たのが、明治38年生まれの先々代の眞邉葛蔵です。葛蔵は、昭和初期から戦前戦後と実家で身につけた経験を活かしながらヤクサバ節で手広く商売を行いました。葛蔵と妻シズエの10人の子はいずれも働き者ぞろい。戦後の昭和20年代、九州から本州へと売り先は拡大し、商いは自然に発展していきました。

  • 昭和30年前後

    左が梅吉鯖のヤクサバ節。右は通常のゴマサバ。
    柴田書店「そば・うどん第7号」昭和55年発行より
    昭和30年前後、真辺商店として販売拠点を東京に。

    昭和初期より、よい出汁がとれると
    世評が高かった”ヤクサバ節

    戦前、東京のそば店で、とびきり良い出汁がとれると噂の「梅吉鰹」なる節がありました。それが“幻の梅吉鰹”と騒がれていた屋久島の最良質のゴマサバを使ったヤクサバ節です。明治30年代に屋久島では漁場が遠くなったことから鰹漁からサバ漁への転換が行われ、それとともにヤクサバ節づくりが盛んになったのです。先々代・葛蔵もこれを手がけます。そして昭和30年前後、つくり上げた製品を販売するため東京に拠点を設けたことが、先代の眞邉勝也の上京、創業へとつながっていきます。

  • 平成3年(1991年)

    先代・勝也と現当主・光英

    神奈川・湘南の地へ
    現在の「丸眞株式会社」創業

    先代・勝也は昭和が終わり告げた数年後の平成3年(1991年)、兄弟で営んでいた東京の販売会社から志を抱いて、ここ湘南の地で「丸眞株式会社」を創業します。勝也は屋久島で生まれ育ったため、生の魚の仕入れから節への加工、販売までのすべてを自ら手掛けた貴重な経験を有していました。この経験を活かして最高の節を届けていこうと奮闘します。創業の苦労はありつつも、平成6年(1994年)には現当主で代表取締役の眞邉光英が入社。平成9年(1997年)には自社ビル・自社工場が完成。今日へとつながる礎が築かれます。
    現在、丸眞は、神奈川県内で唯一、生産現場である薩摩の枕崎、山川、土佐清水など各地の産地入札権を有しており、先祖から受け継いだ200年の知識や経験とともに首都圏を中心に、さまざまな“UMAMI”製品と“UMAMI”のレシピを、数多くの飲食店様にお届けしています。

  • そして、21世紀の丸眞は…

    丸眞

丸眞は、屋久島から東京、湘南へと活躍の地をうつしても、日本が生んだ掛け合わせの知恵である“UMAMI”とともに生きてきました。いまでは世界的に注目される言葉となった“UMAMI”は、旨み成分を上手に掛け合わせれば、もとの8倍もの旨みを発揮することができます。この“UMAMI”の知恵を、私たち丸眞は、日本文化のエッセンスとしてとらえ『掛け合わせて、引き出し合う』ことを念頭に、お客様の価値創造をすることを使命だと考えております。
私たちが掛け合わせて、引き出し合う対象はあらゆるものに及びます。日本の食、世界の食、新しい技術や考え方、先達の知恵や経験、関わってくださる方々、働く仲間、歴史、社会まで。それらすべてにおいて、私たちは掛け合わせて、引き出し合うことを目指し、それらがさらにお客様の可能性を掛け合わせて、引き出し合えるようにと日々、精進することを怠りません。
かつて屋久島から東京へと最高級の鰹節、ヤクサバ節を届けたように、私たち丸眞にしか提供できない最高の“UMAMI”を、ここ湘南の地から日本全国そして世界へとお届けしていきたいと思っております。どうぞご期待ください。

素材

出汁作りの時、どのような魚の種類を選び、どのような配合をするかということも大切ですが、もうひとつはずしてはならないポイントが“鰹節の質”です。その質の差で同じ種類の鰹節(特にサバ節・宗田節などの雑節)でも、本当に同じ魚種なのかと目を疑いたくなるような味になります。
先日も、工場見学に来られたあるお客様に、質の良いサバと悪いサバのだし汁(1斗に1.5kg/強めの火ででき上がり)を飲み比べていただいたところ、その味の違いに驚かれていました。
つまり、魚種(鰹節類の魚の種類)の組み合わせを選択するのも重要ですが、それと同じくらい節の質を見極め、味のバランスを調整していくことが大切なのです。魚種を変えるよりも魚質※を調整することの方が重要なときもあるとお伝えしています。
そのため丸眞は、産地入札権を有する薩摩の枕崎、山川、土佐清水など、各地の生産現場に最低でも年一回は足を運び、生産者と密に接することで、飲食店様のいろいろな想いをつなぐ役割をし、さらに素材を選ぶ情報を蓄積しています。
それぞれのお客様の特長を頭に入れながら、私たち鰹節問屋が売りやすいものではなく、飲食店様にお役に立つものという観点から素材選びの研究をし続けています。

※魚質は鮮度・塩分などもチェックポイントとなるが基本的にその魚の脂の多さを示すことが多い。

製法

削り節の加工においては、ひと手間を加えて、パリッとした削りへの仕上がりと殺菌効果を高めるために遠赤外線を使った焙焼方法を採用しています。また削りの工程からパッキングまでは5分以内。酸素がほぼ残存しない方式であるためフレッシュな味の状態が長く保たれます。
自社工場で削るメリットは、まず何よりも品質の安定です。削りながら原料のバラつきが管理でき、品質を一定に保つことができるほか、さまざまな対応がすぐにできます。お客様からクレームを受けた場合でも自社で削っているからこそ、さかのぼって原因の追究ができ、次の製造や商品開発へと活かせるのです。
さらに丸眞では、一歩踏み込んで「仕入-製造加工-販売」の流れを、点ではなく線としてトータルで考えています。通常は、それぞれの担当者が別にいて、加工や販売などの場所が違うところにあったりするため、お客様の生の情報が入らず、商品にお客様の声を反映されないことが発生します。
しかし、丸眞では、販売の第一線でお客様の要望やご商売の状態をしっかりと把握することに努め、さらに製造と販売が一体化しているため、つねに緊密にコミュニケーションをとることができます。だからこそ素材の仕入れから商品開発・製造まで、生産者の方々を含め販売側の私たちが売りやすいものではなく、飲食店様に本当にお役に立てるものという観点で行うことができるのです。

 旨味の研究開発部門 
UMAMI LABOとは

旨味の可能性を広げ、提案する「UMAMI LABO」は、商品開発から出汁の取り方、旨味の掛け合わせ方まで今までの既存概念にとらわれない自由な発想で旨味と向き合う、実験的で挑戦的、クリエイティブな場です。鰹節作りの伝統技術、現代の科学的根拠、お客様からの声など、様々な情報を私たちの視点で汲み取りながら“旨味”にフォーカスをし、素材の秘められた可能性についてアプローチをしています。ぜひ、オリジナル商品である鶏節や半生サラダ節など、お試しください。

UMAMI LABO商品
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